ザ・ツアー・オブ・ホテルハイタワー

「なんとかしなければ......」

マンフレッド・ストラングは頭を振りながら、タイプライターから顔をあげた。ここは新聞社ニューヨーク・ グローブ通信。時刻は午前0時。

いつもなら、たとえどんなに遅くとも大勢の社員でうるさいほどだが、なぜだかここのところ休む者が増え、今このフロアにいるのはストラング一人だけだった。窓の向こうには月が白く輝き、下には赤や青のにぎやかな灯が瞬いている。ブロードウェイのネオンだ。今日もあのネオンの下では、さまざまな人間模様が繰り広げられていることだろう。

ふと、ストラングは、暗い窓に自分の顔がうつっているのに気づいた。35歳。独身。ハンサムといっていい 整った顔立ち。連日の残業のため少々疲れとヒゲが顔に浮かび、額にも髪が垂れ下がっている。男の色気といえなくもないが、やつれているのは確かだ。ストラングは大きくため息をつくと、椅子の背にもたれかかった。ネクタイをゆるめ、デスクの上のコーヒーを一口飲む。コーヒーはすでに冷めていた。一気に飲み干すと席を立ち、部屋の隅にあるポットから熱いコーヒーを注ぎなおす。湯気の立つカップを持ってまたデスク に戻ると、今まで書いていた原稿をタイプライターから引きちぎるかのように抜き取った。原稿の見出しにはこうあった。

 

「ハリソン・ハイタワー三世 失踪の謎」 マンフレッド・ストラング

これはホテルハイタワーの危険性について書いた原稿だ。まだ書きかけだが、推敲のため読み直す。

1899年12月31日。ハリソン・ハイタワー三世は、自分の所有するホテルの中で、忽然とその姿を消した。 今は廃墟となったホテルハイタワーだ。

事故か? 犯罪か? それとも自ら姿を消したのか? だとしたら動機は? 方法は? すべてが謎に包まれている。それは事件から2年たった今でもだ。当時はニューヨークじゅうを騒がせた失踪事件だったが、読者の中には憶えのない方もいらっしゃるかもしれない。まずは、失踪した本人ハリソン・ハイタワー三世の略歴をお伝えしよう。


1835年 ニューヨークで運輸業界の大実業家の息子として生を享ける。

1845年 10歳。頭はいいが、ふるまいが粗暴で手に負えないため、教育の目的で英国に送られる。学校でひどい乱暴者となる。

1852年 17歳。コーネリアス・エンディコット三世にからんだ事件で退学になる。自宅へ戻らず英国商船に加わる。

1855年 20歳。親元に連れもどされ、商船を1隻まかせられ、数年のうちに巨万の富を得る。と同時に、その手段を選ばない商売により、多くの敵を作る。 やがて会社を設立、父親のライバルとなる。

1861年 26歳。南北戦争勃発。徴兵を命じられるが、金を使って代理を立てる。自分の運送会社で南軍と北軍の両方に兵器や物資を運び、大儲けする。

1862年 5年かけて世界各地を放浪。考古学や探険に強い興味をもちはじめる。とある老齢の探険家の収集品を盗むこともあった。

1867年 32歳でエチオピアを探険。スメルディング氏と出会う。

1870年 35歳。両親が亡くなるが、反目していたため、遺産相続をまったく受けていないことが判明。金とコネを使って弁護士団を雇い、遺書の内容をくつがえす。 自分の会社と父親の会社を合併し、巨大企業を作り上げる。大金持ちとなり、 ニューヨーク・シティ、パークプレイス1番地に居を構える。

1874年 39歳。日本、中国、モンゴルなどアジア探険。カンボジアでは寺院の一部をつるはしで打ち砕き、持ち帰る。

1877年 42歳。ハイタワー邸の大改装工事開始。ロマネスク様式に加えて、ゴシック様式の翼棟を加える。暖炉の装飾にはカンボジア寺院の一部を使用。

1878年 43歳。エジプト、アラビアなど中東探険。数々の美術品を持ち帰り、ニューヨークの倉庫に保管。

ここまででおわかりだと思うが、ハイタワー氏は世界各地に探険に出かけては、その地の文化的遺産を盗み ―― 失礼、持ち帰っている。彼のモットーは、「原始美術は原始的な人々によって無駄にされている!」 だそうだ。

この後も、彼の活動は、ヨーロッパ、ロシア、アフリカ、オセアニア、地中海、中央アメリカと精力的に続くが、 1886年、51歳になったハイタワー氏は、自宅をホテルにする計画を練り始める。雇ったロシア人建築家 との仲たがいなどの紆余曲折を経つつ、1889年に建築を開始、1892年にオープンとなる。それから8年間、類をみない建築様式と世界各国から盗んだ ―― またまた失礼 ―― 集めた美術品で宿泊客を大いに喜ばせた。しかし、1899年末、エレベーターの落下という大事故が起き、それ以来ハイタワー氏は消息を絶つ。

当時、野心家で産業界の大立者でもあったハイタワー氏の失踪は、各界に大きな影響をあたえーいや、 率直に書こう。ハイタワー氏は非常に敵の多い人物だった。彼のことを知る者は、みな、口をそろえてこう いった。「傲慢かつ自分勝手」、「欲しいものはどんなことがあっても手に入れる」、「目的のためには手段を 選ばない男」、「最低の利己主義者!」。

警察は当初、恨みか金のからんだ犯罪とみなして捜査を始めた。動機のある人間はいくらでもいた。「心 の底から憎んでいた」、「いなくなって本当にうれしい」などという者が何百何千と出てきたのだ。なかには、 「まだくたばってないなら、オレがとどめをさしてやる!」と口から泡をふいて叫んだ者もいた。警官や刑事の前だというのに!

しかし、それだけだった。すべての人間にアリバイがあったのだ。そもそも失踪の日時が特殊だ12月31日といえばニューイヤーズ・イヴだ。クリスマスほどではないにしろ、年が替わる瞬間というのはある意味で 特別なものだ。たいていは家族や友人、親しい人と楽しい時間を過ごす。犯行にいそしむには向いていない 目といえよう。

エレベーターの落下原因はすぐにわかった。ケーブルの切断によるものだった。しかし、なぜ、どうやって、 誰が切断したのかは、不明のままだった。人為的なものなのか、自然に起きたものなのかもわからなかった。 少なくとも、前回の点検ではまったく問題はなかったということらしいが ―― つまり、何もわからなかったのだ!結局、警察は単なる事放決めつけ、失踪に関しても、気まぐれで姿を消したに違いないというこ ことで片づけられてしまった。

その後、持ち主を失ったホテルハイタワーは閉鎖され、管理する者もなく廃墟となった。ニューヨーク・シティの一等地に屹立する廃墟だ。そして、十数年の月日がたち、やっと最近、このホテルを解体し、新しいホテルを立て直す計画が持ち上がった。

私 ―― 記者は、この計画に大いなる賛同を表明したい。それは、解体しようとしているのが、わがニューヨーク・グローブ通信の社主であるコーネリアス・エンディコット三世だからというわけではない。確かに、わが社主エンディコット氏は、ハイタワー氏と長年の因縁関係にあった。学生時代、ハイタワー氏のいたずらで、ひどい目にあったことは有名な話だ。なんでも大量のノリと山羊を使ったいたずららしいが、詳しくは本人も語りたがらない。しかしそのことは関係ない。一番の理由はあのホテルをあのままにしておくのが危険だからだ。

ここまで読んできて、ストラングは赤ペンをとりあげた。余計なことを書きすぎている。

私 ―― 記者は、この計画に大いなる賛同を表明したい。それは、解体しようとしているのが、わがニューヨーク・グローブ通信の社主であるコーネリアス・エンディコット三世だからというわけではない。確かに、わが社主エンディコット氏は、ハイタワー氏と長年の因縁関係にあった。学生時代、ハイタワー氏のいたずらで、ひどい目にあったことは有名な話だ。なんでも大量のノリと山羊を使ったいたずららしいが、詳しくは本人も語りたがらない。しかしそのことは関係ない。一番の理由はあのホテルをあのままにしておくのが危険だからだ。

私は、あの時のエレベーターの落下が単なる事故とは思えず、その後もずっと調査を続けてきた。そして、 調べるにつれ、恐ろしい真実が明らかになってきた。それは、呪いだ。あのホテルは呪われているのだ!

原稿はここまでだった。ストラングはまた赤ペンをとりあげた。もっと表現を工夫しないと。これだと安物のゴシップ記事だ。説得力がない。

私は、あの時のエレベーターの落下が単なる事故とは思えず、その後もずっと調査を続けてきた。そして、 調べるにつれ、恐ろしい真実が明らかになってきた。それは、呪いだ。あのホテルは呪われているのだ!その真実とは、あのホテルには、現代の科学では説明のできない超自然的な力が存在するということだ。

文章を変えながら、ストラングは先日のミス・ベアトリス・ローズ・エンディコットのインタビューを思い出していた。彼女は、コーネリアス・エンディコット三世の娘でありながら、ホテルハイタワーの保存を呼びかけている団体のリーダーだ。この親子の対立というのが話題を呼び、インタビューをする運びとなっ たのだ。

あれは7月だった。ファッショナブルな白いドレスを身にまとったミス・エンディコットは、美しく情熱にあふれていた。彼女の態度も発言もよどみのないもので、論理にも破綻がなかった。しかし、そのままではホテルの保存という彼女の意見が読者に広まってしまう。ストラングはあせった。そして、ホテルの危険性を強く主張したいがために、記者としては出すぎた発言をしてしまった。

「……私の考えでは、過去の古くさい遺跡を保存するのは馬鹿げており、まったくアメリカ的ではありません。それに、 ホテルハイタワーは目ざわりです」

「目ざわりですか?」

ミス・エンディコットはそんなストラングの発言に怒ることもなく、堂々としたふるまいで答えた。 「ストラングさん。あなたは実際にホテルをご覧になりましたか? 中に入ったことがありますか?」

「もちろんあります。しかし、長いあいだ閉鎖されていましたから。それに、入ったのはたった一度だけで……」

「目ざわりだという理由を、率直に話してください」

「古くて……流行おくれです」

「あなたの論理によれば、ギリシャのパルテノン神殿、イギリスのストーンヘンジ、エジプトのピラミッドなども古く さいから壊してしまえばいいということになりますね」

「いえ......もちろん、それはちがいます。ただ……うーん……わかりました。魅力があることは認めましょう、でも...私がいいたいのはそういうことではなくてですね」

「どういうことでしょう」

「ホテルハイタワーは、危険なんです」

「危険ですって? 失礼ですが、何か勘違いをなさってませんか。わたくしどもの協会はこの1週間、ホテルの内部を調査いたしました。その結果、建物に構造的な欠陥はないと断言できます。外観、窓に少しの損傷がみられますが、それ以外はまったく安全です」

「馬鹿なことをいわないでください。構造的な欠陥をいってるんじゃありません。つまり……」

「つまり?」

「あのホテルは、精神的にくさっているのです」

「……馬鹿なことをおっしゃってるのは、どちらでしょうか?」

今思い出しても顔が赤くなる。その後も「呪い」や「神秘的な力」などという言葉が口から飛び出し、話が空回りした。20世紀のアメリカにはまったくふさわしくない言葉だ。ではしかし、どう表現すればいいのか!

いきなりバチバチという音がして、ストラングは驚いた。大きな雨粒が窓ガラスを叩いている。いつの間 にか雨になっていた。月の姿はなく、ブロードウェイのネオンもすでに消え、外は真っ暗だ。

ストラングはデスクの上に山と積んである資料の中から、高価そうな装丁の本を1冊引っ張り出した。タ イトルは『ハイタワー三世 真実の冒険物語』。副題に、「暗黒をたどる旅 ムトゥンドゥ族からの敢然たる逃走」とある。著者はチェスター・ファリントン・ウールプール。これは、ハイタワーの最後の探険、コンゴ川探険を記したものだ。出版は1899年12月22日。思えば、この本の出版後10日ほどでハイタワーは姿を消したことになる。ストラングはこの本を読み、失踪事件の謎を解くカギは、間違いなくこの中に隠されていると確信したのだ。

ストラングはページをめくった。

 

「暗黒をたどる旅 ムトゥンドゥ族からの厳然たる逃走」 チェスター・ファリントン・ウールプール

11か月前、ハリソン・ハイタワー三世は探険家としての彼の人生で、最も過酷な遠征に出発した。それは アフリカで最も危険な未開の地域であるコンゴ川流域への壮大な探険である。大量の蚊が群がるコンゴ川は、 暗黒の大陸の奥深く、誰も足を踏み入れたことのないうっそうとしたジャングルや沼地、そして何千年も前から変わらない原野を流れる。その流れはなんと2000マイル以上も続くのである!その地域について、 背筋も凍るような話ばかり聞かされたが、ハイタワーはまったく恐れをもたなかった。すでに彼にはアフリ力探険の経験があったのである。東アフリカで苦難を乗り越え、ビクトリアフォールズの岩山に住む、ずる賢い連中を出し抜いたこともあった。とはいえ、今までのどんな冒険も無数のワニが住むコンゴ川の危険には比べものにならないであろう。

1899年1月。ニューヨークがまだ雪に包まれている頃、ハリソン・ハイタワー三世はアフリカ西海岸を進んでいた。自分のヨット「ハイタワー・プライド号」に乗って、フランス領コンゴのロアンゴ港に向かっ ていたのである。空気があまりに熱く湿っていたため、乗組員は全員生きたままゆでられてるような気分であった。しかしハイタワーは「君たちしっかりしたまえ!これからまだまだ暑くなるぞ!」と笑った。

コンゴ川は近年の開発にもかかわらず、未だにアフリカで最も危険な川の一つとして恐れられていた。海の近くにはフランスの植民地があるものの、上流は未開の人々が支配していた。そこでは、我々文明人には想像もできない原始的な儀式が行われているのである!フランス植民地の役人は探険を中断するように、 ハイタワーに懇願した。川の上流は未開の土地です、ムッシュ・ハイタワー!とてもではないが危険すぎます!」

しかし彼はまったく動じなかった。どれほどの金と命が犠牲になろうとも、探険を遂行すると固く決心し ていたのだ!ハイタワーは人を集めて小さな探険隊を組織すると、カヌーで川の奥深くに進んでいった。

ハイタワーが連れていたのは、スメルディングという従者、忠実な部下8人、写真家3人、料理人1人、 通訳1人、人の現地人のポーター、そして最も重要な相棒である不屈の精神である。保険の目的は「貴重なアフリカの芸術品を探し出し、「野蛮人」たちの手から救い出すこと」であった。ハイタワーのモットーは、 「原始美術は原始的な人々によって無駄にされている」なのだから。

それにしても困難な旅であった。川の両岸から原住民に襲われ、ポーターの多くは恐怖のあまり逃げてし まうか、残酷なかたちで命を落とした。5月には、すでに隊員の数は3分の1に減っていたが、まだ芸術品 はなにひとつ手に入れてはいなかった!敗色が濃くなり、隊員たちは引き返したいと何度も懇願した。し かし彼の固い決意に変化はなかった。なんとしても成功を勝ち取る意欲に満ちていたのである!

7月16日。ハイタワーの一行は、すでにもうかなりの人数が減っていた。しかも、怒りに髪を逆立てたある部族から逃れるため、上流に向かって必死に櫂をこいでいる最中であった!部族の放った矢がまるで雨のように降りそそぐ。旗竿のような大きな槍が飛んでくる。恐怖のあまり思わずあげた悲鳴がジャングルにこだました。どうもうな追っ手は戦闘用のカヌーに乗って、叫びながら追いあげてくる。もはや終わりかと思われたその時!1本の曲がった木がハイタワーの目にとまった。それは川が支流となって分かれてい るあたりに生えている木で、その枝には緑色に光る二つの目が美しく描かれていた。ハイタワーは25年間の冒険でつちかった直感を頼りに、その支流のほうへ進むよう隊員たちに命じた。はたして、緑色の目の技を 通り過ぎると、なんと、その部族の追跡は止まったのであった!

隊の通訳はその緑色の目の意味を知っていた。彼はさも恐ろしそうに、「今、ムトゥンドゥ族の地に入ったのです」といった。ムトゥンドゥとは現地の言葉で「災い」の意味で、その部族は黒魔術で敵に危害をあたえることで知られていた。通訳はハイタワーに引き返すように強く進言した。しかし下流にはまだ怒り狂った部族が待ちかまえている。ここは前に進むしかなかった!あざやかな緑苔むす木々が不吉な空気をかもしだしている。そんななか、一行はより奥のほうへとカヌーを進めたのである。

意外なことに、ムトゥンドゥ族は友好的な笑顔で迎えてくれた。それどころか、歓迎の宴まで開いてくれるという。隊員たちが安心したのはいうまでもない。ただ、葉巻の火は消すようにと、ハイタワーは丁重に注意された。ムトゥンドゥ族は、粗末な村に火を持ち込むことを禁じているのである。首長は粗野だが明るいキジャンジという男で、ハイタワーの白いヒゲにいたく感心したようすであった。村の女たちは最初ハイタワーの姿に驚いていたが、汗のにじんだジャングルジャケットの下で隆起する彼の筋肉に気づくと、みと れて彼のまわりに群がりはじめた。どこの女でも真の男というのはすぐにわかるものらしい!

宴の途中、ハイタワーは部族の守り神である小さな醜い偶像の存在を知った。それはシリキ・ウトゥンドゥ と呼ばれ、村の中心にある祭壇に置かれていた。古い木を彫った像で、「黒魔術」の力を出すため、呪術師に よって釘や金属片が打ち込まれていた。村人の話によると、この像はこのあたりで最も貴重な偶像で、他の 部族によって絶えず狙われているということであった。であれば、古美術として価値あるコレクションになるに違いない。
「シリキ・ウトゥンドゥの醜さは、それはもう美しいほどだった。偶像に対する思いが、ハイタワーの中ではちきれんばかりになった。触ってもいいかとたずねると、首長はしぶしぶながらそれを許した。偶像を手にカメラに納まったが、ハイタワーは像を手にした瞬間、これは返すべきではないと確信した。ぜひともハイタワー・コレクションに加えなくては!
ハイタワーは、ビーズや小型ナイフと交換しようともちかけた。しかし、首長は笑いながらその申し出を断った。ハイタワーがいつまでたっても像を祭壇に戻そうとしないことに気づき、いつの間にか村の人々は静まりかえっていた。ハイタワーは、自分の杖を差し出し、この杖はとても大事なものだがこれと交換しようとねばった。しかしすでに首長の顔からは笑みが消えていた。彼は怒ってハイタワーの手から偶像を乱暴に奪い取ると、祭壇に戻した。
「こうなっては力ずくしかない!ハイタワーが合図をすると、隊員たちは隠し持っていた武器を取り出し た。身構える隊員たちに守られ、ハイタワーは再度祭壇から像を取り上げた。しかし村人たちは立ったまま、ただ無表情にそれをながめているだけである。像をつかんだ時、尖った金属片がハイタワーの手を切り血が流れた。その血をみて、首長がかすかに笑ったようにみえた。しかしそれだけであった。像の略奪を阻止しようとするそぶりはまったくみせない。村の人々の目には激しい憎しみの色が浮かんでいたが、口もとは、汚い歯をみせて笑っていた。みな、憎しみに満ちた大きな笑みを浮かべていたのである!

その後の恐怖と緊張は筆舌に尽くしがたい!いつなんどき、追いついたムトゥンドゥ族の戦士たちがジャングルから飛び出してくるかわからない。そんな恐怖におののきながら、一行は暗い夜道を急ぎ、駆け込むようにカヌーに乗り込んだ。しかしいつの間にか気がつくと、なにごともなくカヌーで川を下っていた。隊員の誰もが、なぜあれほど簡単に脱出できたのか不思議に思っていた。ハイタワーも、疑問をもっていた。村人たちは、なぜこうも簡単に像をあきらめたのだろうか。いや、あきらめるどころか!逃げる背後のジャングルからは、あの小さく醜い像を手放せたことを喜ぶような、狂気と歓喜に満ちた笑い声が響いたような気さえした。しかし彼の経験からすると、原始的な人々というのは、ときどきこのような説明のつかないおかしなことをするものなのだ。

通訳は、この偶像は呪われていると恐れたが、それは逆で、むしろ幸運を招いた。ムトゥンドゥ族に会う前に一行を攻撃していた部族も、偶像を掲げると、ただちに手にした武器を川へ投げ捨てた。そのうえ彼らの村に案内してハイタワーが要求する物をすべて差し出した。そのような効果は、その後訪れたすべての村で同様だった。一計を案じたハイタワーは、カヌーの船首にその像をくくりつけた。そうすると、広いコンゴ川周辺のどの村からも友好的な歓迎を受けるようになった。探険が終わる頃には、カヌーにのりきらないほどの芸術品を集めることができたのである!カヌーがいっぱいになってしまったので一度手に入れた品でも、さらに良い品がみつかると川に捨てなければならないほどだった。彼は意気揚々とロアンゴに戻り、植民地のフランス人の役人を驚かせた。「なんてことだ、ムッシュ・ハイタワー!これはすごい!」

この探険はハリソン・ハイタワー三世の人生の中でも最も壮大な冒険であった。彼は奇妙な小さな像の力を借りてコンゴ川を征服した。シリキ・ウトゥンドゥはこの探険で集められた最も美しい品ではないが、最も重要な品であることは確かであった。この偶像の恐ろしい風貌がなければ、ハイタワーはジャングルに住む人々を手なずけることはできなかったであろう。

ニューヨークへの帰航にさいして、長い旅路で壊れないよう、シリキ・ウトゥンドゥは慎重に梱包された。この像はホテルハイタワーの最上階の、栄えあるアフリカ芸術コレクションに加えられるのだ。この像は権力を象徴していると同時に、原住民の言葉を信じるならば、超常的な力や危険な呪いまでをも引き起こすという。その話が真実だとすれば、そのような像の主となる資格がある人間は自分しかいない。ハイタワーはそう思っていた。そして、その考えに間違いはなかろう。彼の不屈の精神のみが、シリキ・ウトゥンドゥを従属させることができたのだから!

 

ストラングは思った。これだけだと単なる探険記に思われるかもしれない。偶像も、単なる迷信の一つとして片づけられてしまうかもしれない。しかし、あのエレベーター事故が起きた時ホテルにいたなら、そんなことはとてもいえないはずだ。なぜなら、ストラング自身が事故の起こったまさにその時、ホテルの中にいたからだ。あの時の恐ろしい体験を、なんとか他の人たちにも伝えられないものだろうか。

ストラングは引き出しから古い原稿の束を取り出した。何度となく読み返した原稿だ。タイトルには、「不可解なエレベーター事故」とある。これは13年前、まだ駆け出しのころのストラングが、事故の現場を記事にしたものだ。客観性に欠けるということでボツになってしまったが、今でもここに書いたことは間違ってないという自信がある。これがその原稿だ。

 

「不可解なエレベーター事故」 マンフレッド・ストラング

午後11時45分。ホテルハイタワーの広間は大勢の招待客でにぎわっていた。そんななか、ハリソン・ハイタワー三世は一体の偶像を手に、エレベーターに向かった。これは、「シリキ・ウトゥンドゥ」といい、氏がコンゴ探険で手に入れてきた偶像だ。なにやら恐ろしい呪いがかけられているという話だったが、ハイタワー氏は昼の記者会見で、その呪いを馬鹿にする発言を繰り返していた。

エレベーターに乗り込む前、スメルディング氏 ―― ハイタワー氏の忠実なる従者だ ―― が、氏に向かって何かささやきかけた。その時は聞こえなかったが、後で聞くと、「偶像を丁寧にあつかうよう警告した」とのことだった。しかし、ハイタワー氏はニヤリと笑うと、その言葉に逆らうかのように、手にした葉巻を偶像に押しつけて火を消した。

やがてエレベーターの扉が開いた。ハイタワー氏は一人で乗り込んだ。扉が閉じ、エレベーターが上に向かう。それが氏をみた最後となった。

それから十数分。なにごともなくパーティーは続いた。やがて、年の替わり目を告げるべく、時計の針が午前0時に近づき始めると、騒いでいた招待客も徐々に時計を気にするようになり、30秒ほど前にはすべての客が広間の大時計に注目していた。時計の針が重なる寸前、全員が歓声をあげようと息をのんだその瞬間、たとえようのない違和感と嫌悪感がいきなりその場を支配した。これは、私 ―― 記者自身も ―― 感じるところだったし、後にその場にいた他の人たちに聞いても同様だった。

年があらたまる瞬間 ―― それは喜ばしく楽しい一瞬のはずだが ―― なぜか、とてつもなく禍々しい空気が天から降ってきて、全員が惨憺たる気持ちになった。人生で一番辛かったときのことを思い出したという人や、最愛の人との別れをさっき体験したかのように感じ直した人もいた。悪くなったのは気分だけではなかった。胃が重苦しくなったり、肩や腰に痛みを感じた人もいた。古傷が急に痛んだという人もいた。とにかく、最高に楽しい状態から、最悪の状態に落ち込まされたのだ。時計の針はすでに12時を超えていたが、歓声をあげる者など誰もいなかった。みな、いきなり自分を襲ったわけのわからない感情にとまどっていた。

しかし、そんなとまどいもすぐに吹き飛んだ。はるか頭上で、大きな音がした。窓ガラスが割れる音もした。建物の最上階で何かあったのだろうか。続いて、建物のはるか上から、妙な音が近づいてきた。音はどんどん大きくなる。何か大きなものが、建物の内部を落下しているのだ。招待客は全員、自分の身に災厄が降りかかることを恐れ、本能的に身を硬くした。不思議なことだが、その時点で落ちてくるのがエレベーターだと、私にはわかっていた。原因はわからないが何か事故が起こったのだ。恐ろしい絶叫が聞こえた。男の声だ。やがて大音響が響き渡り、広間が揺れた。どこかで窓ガラスが割れた。そして、ホテルの中のすべての照明が消えた。暗闇の中、下の階へ ―― 落下したエレベーターヘ ―― と私は向かった。そこにはスメルディング氏と彼が救助のために集めた数人の人々がいて、数分後にエレベーターの扉をこじ開けることができた。エレベーターの中には誰もいなかった。あのおぞましい偶像 ―― シリキ・ウトゥンドゥ ―― が床に転がっている以外は。

すぐに警察が呼ばれた ―― 救急隊も。ショックで倒れる人間が続出したからだ。事情を聞いた警察は、まずハイタワー氏の安否の確認にとりかかった。しかし、それはできなかった。どこにもいなかったのだ。エレベーターの周囲にも、数々のアンティークが飾ってある自慢の最上階の自室にも、ホテルのどの部屋にも廊下にも!その後、ハイタワー氏の姿をみた者は誰もいない。あの12月31日の夜以来、忽然と姿を消したのだ……。

 

原稿はここまでだった。古い原稿を読みながら、ストラングは、事故での経験を昨日のことのように思い出していた。そして、インタビューした時の、ミス・エンディコットとのこんなやりとりも同時に思い出した。

「ハイタワー氏が失踪した晩、じつは、私はホテルにいたんです」

ストラングのこの言葉に、ミス・エンディコットはこういい返した。

「あら、じつは私もですの。でも、あなたの姿はおみかけしませんでしたが」

「そうですか。私は覚えていますが...。あなたは16歳か17歳だったと思います。ペールピンクのドレスを着てました。10時すぎにお母様があなたをホテルから連れ出すのをみました」

「それが、今回のホテルの保存と何か関係があるのですか?」

「私のいいたいことは、あの惨事が起こった瞬間には、あなたはホテルにいなかったということです。そういう人たちはみな、あの惨事を単に奇妙な事故としかみなしていない。ハイタワー氏も、きっとあの晩こっそり逃げて、今頃は秘密の島かどこかで盗んだ品物に囲まれ、豪華な生活を送っていると思っているのでしょう。しかし、現場にいた私はよくわかっています。とてもそんなものじゃない!ハイタワー氏が偶像にひどいことをしたのもこの目でみたし、落ちるエレベーターから響く彼の声も聞きました。文字どおり、彼は消え、残ったのは偶像だけ……。解釈は一つしかない。そう思います」

「その偶像が彼を殺したと」

ミス・エンディコットは笑った。

「いいたいことはそういうことですか?」

「笑いたければ笑えばいい!ですが、何かしらの不吉な力が、現在もあのホテルには残っています。偶像の呪いかどうかはともかく、何か強力で制御できない力が残っているのです。あなたがたはそのことに気づいてない。いいですか。恐ろしいことが起こる前に、あなたがた協会の方々はホテルから退去したほうがいい。そのことを強くおすすめします」

「あら……あらあら」

ミス・エンディコットは顔を輝かせた。

「たった今、あなたがどういう方だったか思い出しましたわ。呪われたホテルとか、何かそういったナンセンスな話を広めた方たちのお一人でしたわね。数年前、失態を演じて解雇されたとか……」

「ええ……しかし、今は現職に復帰しました」

ストラングは、この会話に内心慌たるものがあった。自分をいったん解雇した会社の社主が、このミス・エンディコットの父にあたるコーネリアス・エンディコット三世だからだ。解雇した自分のことを、社主が娘にどういうふうに伝えていたか、しれたものではない。そんなストラングの内心を知ってか知らずか、ミス・エンディコットは、理知的な態度を崩さず、遠慮のない物言いをする。

「なるほど。今もニューヨーク・グローブ通信で働いているのですね。驚きましたが、奇跡的な復活に対しては、お祝いの言葉を述べなければいけませんね。でも、父は私と争うには、あなたがかなり役に立つと思っていたようですが、あなたがそんな『ホテルが呪われている』というようなばかげた説を唱えているとはさすがの父も、そんな話は以上に信じないと断言できます」

「私の話を聞いてもらえますか……あのホテルには、あなたの理解を超えた神秘的な力が作用しています」

「確かに。あのホテルは神秘的な雰囲気をたたえています。それは認めます。しかし、それ以外の力は何もありません。それより人間の想像力というのはすごいものですね、ストラングさん。ホテルハイタワーは人の想像をかき立てます。神秘的で、美しく、忘れられない存在です。それだけで充分に保存に値しますわ。そして、あなたをふくめて、誰もがその秘密を知りたいと思っています。そこで、私たち保存協会は考えました」

ここで、ミス・エンディコットは少し間をあけた。何か、いたずらを思いついた子供のような表情だ。

「世間の好奇心を満たすべく、ツアーを組んで訪問者を受け入れることを検討中です」

ストラングは、驚いて聞き返した。

「ツアー?ツアーってなんのことです?」

「ニューヨーク市保存協会に利用許可が出たことをあらためて、そして喜んで公表いたします。ホテルハイタワーの観光ツアーを9月から運営します。ガイドは保存協会のメンバーがつとめます。ルートは未定ですが、ホテルの大部分をおみせできることでしょう。昔はVIPしか入れなかった、ハイタワー氏の豪華絢爛なプライベート・オフィスもご覧になれます。もちろん、先ほどからおっしゃってる悪名高いシリキ・ウトゥンドゥの偶像をみることもできます。そして、当然の話ですが……」

ミス・エンディコットはここで間を置き、にっこりとほほえんだ。

「誰も殺されることはないでしょう」

ストラングはあいた口がふさがらなかった。ツアー!?あの呪われたホテルで?

ミス・エンディコットは顔を輝かして解説を続ける。「そして、グランド・フィナーレでは、お客様を最上階のハイタワー氏の自室|ここは表現できないほど素晴らしい場所です。そこに業務用のエレベーターでお客様をお連れするつもりです」

ストラングは何かいいたかったができなかった。あまりの驚きに声にならないのだ。

「このツアーはとてもエキサイティングなものになるでしょう。それにホテルに対する一般の方々の恐怖心をとりのぞくことができます。一度あのホテルをご覧になれば、その美しさと価値、そして取り壊しによる損失がどんなものか、すぐにご理解いただけるでしょう」

「ミ……ミス・エンディコット」

ストラングは、やっとのことで喉の奥から声を出した。そうすると、今度は奔流のごとく言葉があふれ出た。

「正直にいいます。大ショックだ。そんなツアーを組むなんて狂気の沙汰だ!とくに、あんな業務用のエレベーターに人をのせるなんて……危険すぎます!老朽化がひどいだけでなく、不吉な魂がはびこっているあのホテルに、一般の人たちを招き入れるとは……完全にまったくもって狂気の沙汰だ!何が起きても、あなたや協会のメンバーたちには、どうしようもできないに違いない!」

平静さをなくしてしまったことは認めざるを得ない。インタビュアーとしては失格だろう。しかし、どんなにうまく伝わらなくとも、真実は必ず存在する。あのホテルは呪われているのだ。でなければ、ハリソン・ハイタワー三世の失踪の説明がつかない。ストラングはそう信じていた。

その後、ツアー計画は着々と進んでいるらしい。このままだと、ツアーは始まってしまうだろう。今のストラングにできることは、ミス・エンディコットの決意を翻させる機会を作るよう努力すること。そして、世間の人たちがツアーに参加しないよう、可能なかぎり説得することだ。そのために、こうやって夜遅くまでタイプライターに向かっているのだ。

窓の外で稲光がした。雷鳴がとどろく。いつの間にか嵐になっていた。ホテルハイタワーの威容は、この窓からも望むことができる。雷が光るたび、奇妙な形をしたホテルが浮かび上がる。それをみていると、まるでホテルがツアーを心待ちにしているかのように思える。あの恐ろしい偶像は、シリキ・ウトゥンドゥは、またしても惨劇を繰り返したいと思っているのだろうか。ストラングは13年前の夜を思い出して身震いした。

おそらくハイタワー氏は死んでさえいない。ストラングはそう思っていた。死ねば神のもとに帰れる。あの偶像の呪いが、そんな生やさしいものとは、ストラングにはどうしても思えないのだ。嵐の空に向かってストラングは祈った。偶像の呪いが、せめて安らかな永遠の眠りでありますようにと。

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偶像の呪いが、せめて安らかな永遠の眠りでありますように